本日の日記

外食を

2026年1月07日(水曜日)

「七草粥」は召し上がりましたか?
七草のひとつの「すずしろ」って大根なので、七草粥で残った大根は、明日はおでんの主役にしようと今から思っています。
一人で喫茶店に行けない私なので、もちろん一人で外食なんて無理かもね。
今年は冒険家気取りで、一人で外食を楽しもうかなぁと思っているのですが、でも今日はまだ勇気が出ません(笑)。
こんな私ですが、明るいのだけは取り柄です。今年も元気をお届けします。

松原照子印

本日の世見

古代イスラエルの結婚

2026年1月07日(水曜日)

古代イスラエルの歴史を見る限り、どうやら一夫多妻の慣習が一般的だったようです。
サウルは数人、ダビデはヘブロンの時期にはこの数字を上回り、ソロモンに至っては700人以上の妻と、300人の妾がいたと言います。子供の数を増すことで、勢力を確かなものにしたかったからでしょう。
『創世記』や『ハムラビ法典』では、族長時代のメソポタミアの結婚の原則は一夫多妻ではなく、一夫一妻の法則にあったと言います。
結婚というのは、「子孫繁栄」と「勢力強化」が目的だったのかもしれません。
古代イスラエルでは、離縁された女性は復縁は出来ませんでしたし、処女でない娘も結婚できませんでしたが、未婚の処女を犯した男性は、娘の父親に銀50シケルを支払って、その娘を妻として受け入れなければならなかったのです。
結婚の年齢は、特に“文字”としては残っていないようですが、男性は19歳で父親になり、38歳には祖父、57歳で曾祖父になっていたようです。でも、どうやら男性は18歳、女性は13歳で結婚が許されていたようです。
女性は、子供を産まなくなる40歳からは結婚できません。男性はなんと、50歳から60歳までは二度目の結婚が可能で、相手の女性は、20歳から30歳までがOKだったようです。
この時代の結婚の考え方は、相手との恋心ではなく、家族間や氏族に関わる出来事として考えられていました。この理由の一つが、父系家族の家名の継承のためであり、社会における家族の果している役割の重みで結婚が成立していたのです。これが理由なのか、身内者との結婚が多くなったようです。
ユダヤ人の植民地エレファンティンで発見された結婚式文には、「今より後、永遠に彼女は我が妻、私は彼女の夫である」と書かれてあったとか。
好きになって結婚しても別れる人もいます。結婚する縁には、不思議が詰まり過ぎています。

松原照子印
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