本日の日記

夢を

2024年6月14日(金曜日)

「泳げない私」「自転車に乗れない私」「日本語以外話せない私」
自転車に乗れないのだから、車の運転なんて無理な私です。
メールも送れないし、パソコンなんて覚える気さえありません。
でもね、ありがたいことに歩けていますし、食事だって美味しくいただけています。
出来ないことも多過ぎますが、今日も自分の心さんとは仲良しで、朝から今日一日どんな思いで過ごすかを報告したところです。
そりゃね、歌が上手なら、もう一度NHKの『のど自慢』にチャレンジしたいと思います。
今「もう一度」って書いたでしょう。
ウフフ、私、一度予選に参加したことがあるのです。
勿論、見事に落選でした(笑)。
でもね、出来ないことがいっぱいあっても、明るさだけは未だ手にしています。
あなたも「明るさに勝るものなし」(父の言葉)で、今日もお過ごしください。

松原照子印

本日の世見

サイパン島の戦い

2024年6月14日(金曜日)

日本の関東軍が満州事変を起こしたのが昭和6年(1931年)の9月です。
この年お生まれになった方のお歳は現在93歳です。
満州国が出来たのが、6ヵ月後の昭和7年3月。
ナチスドイツ軍がポーランドに侵攻して第2次世界大戦が始まったのが昭和14年(1939年)です。
現在85歳の皆様が生まれた年に起きたことです。
神風特攻隊が初めて米艦に突撃したのが、昭和19年の10月でした。
今この「世見」をお読みくださっておられる方の中には、ご自分が生まれた時代と合う方や、ご両親様がお生まれになった頃と重なる方がおられることでしょうね。
神風特攻隊を考案した海軍少将はレイテ沖開戦で戦死しましたが、この時、神風特攻隊は出撃したのです。
戦争を身近に感じる必要はありませんが、日本は今とても平和ですが、まだ戦争の記憶がある方が沢山おられるのも事実です。
どんな思いで過ごされておられても、今日は、日本も戦争をしていたことを思い、今がとてもありがたいことをわかっていただきたいのです。
マリアナ諸島、サイパン島での出来事を語る人も少なくなりました。
民間人が潜んでいても、容赦ない攻撃は続いたといいます。
日本兵と民間人がサイパン島のタツポーチョ山へ立て籠もり、必死の抵抗を続けました。
兵士の数は凡そ3000人。その中には数百人の民間人も参加して、武器もなく素手で挑む人もいましたが、一隊となって大喚声を上げながら敵陣に突撃したといいます。
全員が射殺され、午後になると4000人以上の日本人の屍が折り重なるようだったのです。
昭和18年(1943年)に本当にあった出来事です。
現地には多くの慰霊碑があるといいます。
81年前に、こんな出来事があったのですよ。

松原照子印
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