本日の日記

嫌なこと

2024年5月28日(火曜日)

人って、親しくなると言葉使いが乱暴になったり、言葉を短縮したり、無視もありかなぁと思うこともあったりいます。
生返事をされた方は、居場所がなくなった疎外感を覚え、心の中で「もうあなたとは話さない」と言ってしまうことも起きたりします。
心のどこかでは、家族とは特に仲良くしたいと思うのですが、相手の顔色を伺う日々が続いたり、心の中に自分は住んでいない思いがすると、親子であっても、兄弟であっても仲良くできず、まして恋人だと別れも見えて来ますし、職場なら辞めたくなったりします。
そりゃね、外で気を使っているのだから「家くらい自由でいたい」とか、「恋人なら私の気持ちくらいわかってくれよ」と思うこともありますが、職場だとそんな人に限り何とも言えない空気が漂い、居心地が悪くなることもあるでしょう。
人ってね、自分も出来ていないのに、相手には自分が出来ないことを望み過ぎます。
だからね、相手からされたことでガタガタ思う前に、自分がされる嫌なことは「しないよぉ~に」と思って欲しいと思います。

松原照子印

本日の世見

神様、仏様

2024年5月28日(火曜日)

「八百万の神」と言われるように、日本には沢山の神様や仏様がおられます。
この八百万の神は大きく、4種類の神様と、仏様に分けられます。
「自然神」「日神」「月神」「風神」や「生活神」「農業神」「漁業神」「商業神」。
それだけではありません。
「人神」「英雄」「自己犠牲」「祟り神」の神様と、「仏様」「如来」「菩薩」「明王」などと呼ばれる仏様です。
神道や仏教にはあまり関心のない人も、お正月になると御節料理をいただいたり、初詣に出掛けたり、雛祭りや端午の節句には人形を飾ります。
それよりも、神社やお寺のお祭りには多くの人の手が掛かります。
日本には、古来より多くのしきたりがありました。
今でも贈り物に「水引」や「熨斗」を付けたりもしますよね。
お彼岸やお墓参り、お盆では、仏壇に手を合わせますよね。
こうした日々の行事や慣習の多くは「神道」や「仏教」から来ているのですよ。
「八百万の神」とは、数えきれないくらい多くの神様がいるという意味ですが、昔の人々は、自然界のありとあらゆるものには神様が宿っておられると信じていたのです。
6世紀頃から、どうも人々の考え方が変わったのかもしれません。
朝鮮半島を経て、中国から仏教がやって来たのです。
やがて人々は、大きく神様と仏様を分けるようになっていったと言われています。
人々は、生きることに関しては、仏教に心を寄せるようになっていきました。
私達は神様に何を願うのでしょうか。
でもね、願うのなら、自然界に感謝をしてからにして欲しくなります。
自然界には、人類が作るものは何一つとしてありません。
だってね、屋久島には、樹齢2000年とも言われる杉がありました。
「翁杉」と呼ばれ、神様の化身のようにパワーを出し続けていましたが、悲しいことに2100年目に倒れてしまいました。

松原照子印
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