アルジェリアといえば、地中海に面したアラブの国で、イスラム教徒が多い国です。
この国が、何故アルジェリアという名前になったのかといいますと、この地を訪ねたアラブ人が、海に浮かぶ4つの島を見た時、「アル・ジャザイール」(島群)と言ったことが国名のもとになったんですって。
初めは、現在の首都の名前「アルジェ」だったものが、やがて国名に出世したそうです。

2026年3月04日(水曜日)
アルジェリアといえば、地中海に面したアラブの国で、イスラム教徒が多い国です。
この国が、何故アルジェリアという名前になったのかといいますと、この地を訪ねたアラブ人が、海に浮かぶ4つの島を見た時、「アル・ジャザイール」(島群)と言ったことが国名のもとになったんですって。
初めは、現在の首都の名前「アルジェ」だったものが、やがて国名に出世したそうです。

「越後の龍」 こんなカッコいい呼ばれ方をした男といえば、上杉謙信です。
上杉謙信は、義を重んじ、義理堅く、正義感の強い、戦国時代に生きた武将です。
上杉謙信の49年の生涯は、戦いに明け暮れたものでしたが、彼は“侵略のための戦い”は一度もしませんでした。
人というのは、幼少期に多くの生き方を学ぶのかもしれません。謙信は、母の虎御前が観音菩薩を信仰するもとで育ち、林泉寺では、天室光育(てんしつこういく)禅師から禅の奥義を学んだことで、信仰心が深まり、厳しく戒律を守る武将になったのだと思います。
戦国時代に、謙信のような武将がいたことが、とてもうれしくなります。
いつの世も、利益のために戦う武将が多い中で、領地を手に入れたとしても、その元の領地を戻してしまったのが謙信です。もしもその領地を領有化していたら、戦国時代の物語は、今と違ったものになっていたと思いたくなるのです。
謙信の49年の人生を見ていますと、関東出陣が13回、このうちの8回は、関東で新年を迎えています。
私ね、3月になると、なぜかこの上杉謙信の名前に心が奪われます。彼が1578年の3月に、春日山城内で亡くなったからかもしれません。
昨年石川県を訪れた時、「七尾城ってどこだったんだろう」と思っていましたからね。
謙信は、最初で最後の織田軍との手取川での戦いで、謙信は圧勝しましたのが9月、この半年後、謙信は急死してしまいました。
謙信最後の日を迎えた春日山城は、天然の要塞の強さに迫る難攻不落の名城です。謙信が心血を注いだのがわかる名城が、春日山城でした。
謙信は、生涯妻を持つこともなく、子供もいませんでした。姉の子供、特に次男に目をかけていたといいます。こんなこともあって、謙信ってどんな人だったんだろうかという思いが強くなります。もしかしたら“女性”? なぁんて思ったりするもんだから、謙信に興味が湧いてしまうのです。
