立春から210日目って今日なのかなぁ。
台風の厄日がどうも今日のようです。
この210日というのは、農業従事者にとって“注意喚起する日”とされているのです。
今頃は稲の開花時期ですよ。
台風の当たり年にだけにはなって欲しくありません。
稲に被害が出ないことを祈ります。

2025年8月31日(日曜日)
立春から210日目って今日なのかなぁ。
台風の厄日がどうも今日のようです。
この210日というのは、農業従事者にとって“注意喚起する日”とされているのです。
今頃は稲の開花時期ですよ。
台風の当たり年にだけにはなって欲しくありません。
稲に被害が出ないことを祈ります。
明日から、9月がスタートします。
9月のスタートは月曜日からです。
来月15日には、個人的にはピンと来ない「敬老の日」がやって来ます(笑)。
今年の二百二十日はいつになるのでしょうか?
立春の日から220日目で、二百十日と同じ台風の厄日とされますが、二百二十日の方が、注意が必要とされています。
毎年8月31日はやって来ますが、あなたは今日の日をどのような一日にしたいですか?
私は、一人で部屋に居るにしても、笑顔でいたいと思っています。
“ニヤケル”とは少し違って、私と暮らす植物達と、一方通行とは思わずに話し掛けたり、ぬいぐるみの人形に語り掛けたりして、笑顔で過ごそうと思います。
今日は日曜日。散歩に出掛けて、見なれた光景と楽しく戯れたいと思います。
私ね、今頃になると「会津戦争」を思い出すのです。
「中野竹子」 この名前って忘れられません。会津藩士「娘子隊(じょうしたい)」の軍隊長です。
中野竹子は、江戸詰勘定役の会津藩士、中野平内の長女として生まれました。
庄内藩と共に、新政府の敵とされた会津藩。藩士の婦女子は、自分達が足手まといになることを恐れて、幼女を道連れにして自刃した一家も少なくなかったそうです。城下の藩士は勿論、婦女子達も刀や薙刀を手に、城に入ったといいます。ただ、閉門されていたために、入城出来ずに阿賀川を泳いで対岸へ逃れようとして溺死した者や、流れ弾で死亡した者もいました。
門田町(もんでんまち)の善龍寺にある「奈与竹之碑」には、会津戦争に於ける女性殉難者232名の名前が刻まれています。
中野竹子の辞世は、「武士(もののふ)の 猛き心にくらぶれば 数にも入らぬ我が身ながらも」です。
今の世に生きる女性は、一度くらい中野竹子の生き様を学んで欲しいと思います。
竹子だけではなく、水島菊子、竹子の妹の優子も娘子隊の一員でした。竹子が亡くなると、竹子の首が敵に渡らぬようにと、妹の優子が介錯しようとしたそうです。その場面を思い浮かべるだけで、今でも泣けてくるのです。
日本にも、こんな世がありましたからね。