「忠告」って、相手によっては難しいですよね。
相手のためを思ってのアドバイスは良いことなんですが、不用意に忠告すると、相手を怒らせたり、不愉快な気持ちにさせたりする時があります。
“いきなり”の忠告だと、「何もわかっていないくせに」などと反発されたりもします。
忠告って、相手から相談されてからの方がいい時もありますからね。

2026年3月05日(木曜日)
「忠告」って、相手によっては難しいですよね。
相手のためを思ってのアドバイスは良いことなんですが、不用意に忠告すると、相手を怒らせたり、不愉快な気持ちにさせたりする時があります。
“いきなり”の忠告だと、「何もわかっていないくせに」などと反発されたりもします。
忠告って、相手から相談されてからの方がいい時もありますからね。

「食事」って、人間だけではなく、全ての動物にとって、命を守るためにとても大事な行為です。
日本の食文化は、戦後、日を増すごとに変化してきました。今の若者にとって、「卓袱台(ちゃぶだい)」がどんなものなのか、きっとわからないことでしょうね。「手料理」と、今あらためて書くと、それが当たり前の時代だった時代を覚えている私としては、あの頃は“家族の絆”がとても深かった気がいたします。
今日は、平安時代の日本の食への旅にお出かけしたくなりました。
主食は白米・玄米でしたが、麦、粟、大豆、小豆なども栽培されていましたので、「麦縄(むぎなわ)」と呼んでいた、現在のうどんに近いものも食べていました。
惣菜類はかなりの種類が揃っていて、瓜類、水葱(なぎ)、蕗、大根、芋類、茄子、蕨など、魚介類は鰹、鮒、鮑、鯛、烏賊、蛤、水母(くらげ)、若布、荒布(あらめ)、海苔など。特に海藻類はとても好んで食され、産地から塩蔵品(塩漬け)や乾物として都に運ばれました。肉類は、鹿、猪、牛、馬、兎、鯨、海豚(いるか)などが食されていました。
また、乳製品も作られていたんですよ。平安時代の美容食の中に「蘇」と呼ばれた乳製品があり、肌が美しくなると言われていて、医書『医心方』にも記されていました。
調味料としては、塩は必須でしたが、塩、豆、麦、酒などから造るもろみ状のものもあり、味噌に近いものもありました。甘味料はかなり高価でしたから、むしろ薬として用いられていました。「蔗糖(しょとう)」というのがあったらしいのですが、どのような甘味料だったのでしょうか。この時代も蜜はとても高価でした。
調理法は今と変わらず、茹でる、煮る、焼く、和えるなどがありました。
酒も、かなり古くから作られており、中世までは、祭日の日に仲間と飲む習慣があり、独断で飲む人は少なかったようです。でもね、奈良・平安時代の貴族と庶民の間には、かなりの差があったようです。
