本日の日記

同じ思いの人が

2026年4月13日(月曜日)

どのような生き方が正しいのかはわかりません。
気丈夫に生きても、人恋しい日もあります。心配事はなくても、不安な気持ちになることだってあります。
今幸せだと思えないのは誰かのせいだ、と思いたくなる日もあるでしょう。
誰だって、いろんな思いが心に生まれます。
ご自分の心が、今日は今一つ良好でないと思われた時は、世界中には82億もの人がいるのですから、「どこかに同じ思いの人がいる」と思われて、「自分だけが‥‥」と気落ちしないでくださいね。

松原照子印

本日の世見

怨霊

2026年4月13日(月曜日)

「不思議な世界」といいますと、スピリチュアルなる世界が思い浮かびます。この世界は、話題に事欠くことはありません。
私の文章をお読みいただいているあなたも、この不可思議な世界が大好きなのだと思います。
この世界に興味があったり、大好きだったりする人というのは、ご自身もこの世界の住人で、感じ取る能力といいますか、日頃から不思議な世界を感じ取られているからか、根底に不思議なる感性を手にしておられるからだと思います。
「怨霊(おんりょう)」など、「霊」のつく言葉っておぞましくて、私は未だに好きになれません。
でもね、学問の神様として各地の天満宮に祀られている菅原道真は、日本史上で最も身近で有名な怨霊です。
数百年以上も、広い地域で多くの人々が恐れたのが、菅原道真の怨霊でした。
日本史上最大級の悪霊と言われているのが、顕仁親王(あきひとしんのう)です。彼の魂を慰めるために崇徳院(崇徳天皇)と呼ばれるようになりました。
鳥羽天皇の第一皇子の崇徳。母の名は藤原璋子。でもね、このお母様、鳥羽天皇と結婚しているのに、祖父の白河天皇と関係を続けていたといいます。だからなの、崇徳院は、実は白河天皇のお子さんだったと疑われてしまうんです。
第72代白河天皇は77歳で亡くなられるのですが、璋子に対して異常としかいえない愛情を注いでいたのです。崇徳が我が子だからか、5歳で即位させています。
こんな話も残っています。
白河天皇は政務を放り出して、自分の懐に璋子の足を入れさせ、密着する姿勢で昼も夜も添い寝していたと、歴史物語『今鏡』に記述があります。
崇徳天皇が生まれたのが1119年、白河天皇が67歳の時の子ということになります。
崇徳天皇は、後に天皇になった異母弟の後白河天皇に、最高刑の流刑に処せられます。
流刑地・讃岐でなくなるのですが、嚙み切った舌の地で記された呪いの言葉が、「我、日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん」(皇室を没落させてやる)でした。

松原照子印
pagetop
loading